それでも最後は仕方ないんですけど
えー 昨日の続きです
まだの方は できたら昨日の記事から
読んでいただけると嬉しいです
昨日の記事はコチラでーす
預かった以上は どんなことがあっても
“ 仕方ない ” で片付けるつもりはありません
そう書きましたけれども

結局のところ 最後の最後は
“ 仕方ない ” に収束してしまうのだろう
とは思ってます
いや つまりね ← ってヘンなつなぎ方?
“ 仕方ない ” って もっともらしいコトバで
安易に投げ出すことだけはしないで欲しいな って
思っているんですね
便利な言葉だと思います “ 仕方ない ” って
だって そう言われちゃうと
あーそうかもねぇ。。。 って
なんとなく納得しちゃったりしません?
でも
“ 仕方ない ” って “ やむを得ず ” ってことでしょ?
“ やむを得ず ” ってことは もう “ どうにもならない ” ってことですよ
だから “ 仕方ない ” って言うときには
出来る限りの努力を ~ 最大限の努力を ~
その前にしておかないといけないでしょう?
って思うんですね
それをしないで “ やむにやまれず ” はないんじゃない?? って
昨日の話 ___
どうにもならない状況に陥り 一緒に暮らせなくなった
そんなこともあるかもしれない
だから そんなときのために
前もって 後見人を探しておきませんか
自分の身にどんなことがあろうと 安心してわが子を託せる人を
そういう努力は していいんじゃないでしょうか
“ 仕方ない ” って 安易に広く里親募集するのではなく
なんか具合悪くなって診てもらったけど もう治らないらしい
ソコまで悪くしないうちに気付いてあげてよ~って思うけど
まぁそんなことも あるのかもしれない
でも 治らないと生きられないんでしょうか
病気と向き合い うまく付き合って生きていく術を探りませんか
病気を抱えながらでも 穏やかに過ごせるように
そういう努力は していいんじゃないでしょうか
“ 仕方ない ” って 安易に眠らせたり
保健所に持ち込んだりするのではなく
べつに安楽死を否定しているのではありません
どんなにサポートしてあげても ごはんが食べられず
散歩や遊びなど 一切の楽しいこともできず
家族と一緒に過ごす時間さえ 辛くて 仕方ない
たとえばそんなふうに 痛かったり苦しかったりしたとき
――― < 楽しい 嬉しい 美味しい > よりも 苦痛 が勝ってしまったときには ―――
それを取り除いてあげる選択は 必要なことだと思います
結局のところ
そこまでいって、やっと 仕方ない って言葉が出てくるのかなと
あくまでも結論として ・・・
仕方ないから っていう
「 結論に至る理由 」 ではなくてね
それが いのちを預かる ( = 飼う ) 者の責任 なんじゃないでしょうか
そして “ かわいそう ” という気持ちが
どうか かわいそうな結果を招くことのないようにと願います
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