パブ店長はレスキュー犬!

保護犬たちとの日々の暮らしと、想うことを、ありのまま。

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捨てられて、救われて、そして ・・・

名前も知っているお仲間 のわんこさんが
ゆうに30頭を越える 我が家周辺

情報交換の中での話題も いつも楽しいものばかりとは限りません


その中で どうにも理不尽でならないのが
2度捨てられる犬 の話


捨てられたいのちを せっかく救っておきながら
やむにやまれぬ事情 により手放すという ・・・


お世話できなくなったから 改めて里親を探す?
治療しても一生治らないであろう病気に罹り
しょうがないから 安楽死させる??


仕方ないのかもしれない どうしようもないのかもしれない
でも ・・・

それって結局 最初に捨てたヒトと一緒じゃないでしょうか

どんな理由も言い訳でしかないですよ
自分で産んだ子供も “ 仕方ない ” で捨てられますか?
それが出来ないなら 最初に捨てたヒトと何が違う??



かわいそうだから引き取った
きっかけは、たいがい 捨てられて “ かわいそう ”


その “ かわいそう ” が
どうしてそんな簡単に “ 仕方ない ” に負けるんだろうか
いや “ かわいそう ” だから負けるんだろうな
結局 “ かわいそうだけど、仕方ない ” ってことになっちゃうんだろうな ・・・




私は デコもデンビィも
“ かわいそうだから ” 預かったのではありません

捨てたのも人間 探さないのも人間
そして、人間社会のルールとして
収容されるとすぐに始まる いのちのカウントダウン ・・・



同じ人間として
そうした人間社会の勝手な都合に いのちが左右されることを
いつも悔しく 申し訳なく思っているから

だから いのちを丸ごと預かります
預かった以上は どんなことがあっても
“ 仕方ない ” で片付けるつもりはありません


デコは病気だったから 死んだのは仕方ない?
これだって そうは思えないんですよね
もう少し早く異変に気付けていたら
なにか違ったんじゃないか? と思えて悔しいです

いのちに限りが見えてきて それならば
どうやったら 一日でも長く穏やかな時間が過ごせるのか
獣医さんと相談してだした答えが
ヘタに手術などせず、入院もさせずに
< 楽しい 嬉しい 美味しい > という思いを
1回でも多く経験させてあげること

信頼できる獣医さんが
「 医療では出来ない でも今はいちばん大切なことだから 」 と
背中を押してくれたから できたことでもあります



誰しも 必ず寿命があります
いつか終わりのときが来ます

だから せめてその寿命まで
穏やかに生きられるようにしてあげませんか
一度いのちを救ったのなら

生きたかったけれど それが叶わなかった
たくさんのいのちのためにも


そういう覚悟をもって いのちを救ってあげてください

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Comment

hanamama says... ""
これは考えさせられる・・・
私もね、わからないんです
結果的に行き着いたのが「無責任な行動ではなく、今、自分に出来ることを」でした
気持ちはあってもそれに伴う物がなければ結果的に無責任になるのかなって
それをわかることによって過ちを起こさないのかなと
可哀相な子は本当にたくさんいます
でもわんこを飼うまではその事実すら知らなかった私
まずその事実を知ることが1歩だと信じてます
デコさんのことは私は申し訳ないですがそうは思いません
最後まで必死に生きてその最後を見届けてもらって
産まれて来てこの世の中も捨てたもんじゃないと
きっと思ったと、そう思います
バデ母さん、気に障りましたら申し訳ないです
あ~コメ書いてたら泣いちゃった(笑)
2010.02.26 09:51 | URL | #- [edit]
Omo says... ""
捨てられた“いのち”を助けるコトは悪いことだとは思いません。
“救う”というのは、その犬の一生を全うさせて初めて
言える言葉なんだと思います。
カタチ(=結果)はどうであれ、飼い主がどれだけ愛情をその犬に
注いで、それを素直に受け入れたかが重要なんじゃないかな?
って思います。
後悔、その時はしてしまいます(僕も義父の時は少なからずありました)が、
今思えばその時選択したことはそれで正しかったと思います。
デコちゃんにしても、バデ母さんの愛情を充分に受けて
とても幸せだったと思いますよ。過ごした時間の長さが重要じゃない、
過ごした時間の密度が重要なんですよね^^
バデ母さんの一文、“最初に捨てたヒトと一緒じゃないでしょうか”
とても同意します。
飼う人は今一度、本当にその仔と一生を共に過ごせる環境にあるのか
よく考えてから決断して欲しいものです。
2010.02.26 21:02 | URL | #- [edit]
バデ母(バニ母) says... "hanamamaさんへ"
コメントありがとうございます。
>気持ちはあってもそれに伴う物がなければ結果的に無責任になる
本当にその通りとおもいます。

私も、バーニーに出会うまでは知らなかったことばかりでしたし
バーニーとだけ暮らしていたら、未だに知らないこともたくさんでした。
かわいそうな子には、捨てられるコだけではなく、いわゆる「飼い殺し」のコもいます。
いのちを助けるだけでなく、こういう所にも目を向けていきたいと思っています。

デコがもし、生まれてきて良かったって思ってくれていたらそれ以上の喜びはありません。
(全然「気に障って」ませ~ん・笑)
デコのことで悔しいというのは、実は我が家に来る前の保護生活において
体調不良のサインが少なからず出ていたのが見過ごされていたようだったので。。
その時に、獣医さんと保護主さんの連携がもう少し取れていたらもしかして・・・
って、つい思ってしまったんでした~。。
2010.02.26 21:30 | URL | #.//Hucbg [edit]
バデ母(バニ母) says... "Omoさんへ"
うーん、そうか。。。
「助けた」けれど「救った」んではないってことですね。すごい納得してしまった~
“つい、勢いで助けた” “仕方ないから(苦笑)とりあえず助けた”とか
そんな感じなんでしょうか。。
助けてくれるくらいだから、とりあえず可愛がってはくれるんでしょうけれど
それだけというのは、「救う」という気持ちが無いというのは、
覚悟がないというか、大事なモノが欠落していますね。
何も特別に大それたことではなく、自分より弱い立場のものと暮らす上で
当たり前のモノだと思うんですけれどね。。

デコのこと、自分たちのしたことに、後悔はないんです。
「もっと!もっと!!」って気持ちはありますけれど^^
Omoさんもきっと(後悔というよりは)そんな感じじゃないでしょうか^^(って勝手に思ってます)
レスキュー後、お世話してくださった方のところで
実はちょっとした変化が既にあったらしいのですが
それが上手く病気と結びつかなかったようなんです。
それを今更言っても仕方ないんですけど。。。
2010.02.26 21:54 | URL | #.//Hucbg [edit]

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